天然酸化防止剤と合成酸化防止剤の違い | ジュンツウネット21

天然酸化防止剤とは具体的にはどのような化合物ですか。また合成酸化防止剤に比べて添加剤としての効果にはどのような違いがありますか。

解説します。

潤滑油の基油は,原油の潤滑油留分(平均分子量300~700程度の留分)を,精製して生産されています。精製条件の決定においては,粘度指数や流動点といった潤滑油の基本特性はもちろんですが,基油の酸化安定性がもっとも重要視されています。それは,粘度指数や流動点が主成分である炭化水素の骨格でほぼ決定されることから,ある程度の精製度以上では原油種によってほぼ決定されるのに対し,酸化安定性は,同じ原油でも精製条件によってはまったく異なるものができるためです。

潤滑油の精製条件がある程度以上苛酷になると酸化安定性が悪化することは,古く1940年代から知られており*1,これは油中に酸化防止剤としての作用を有する成分,すなわち天然酸化防止剤が存在し,苛酷精製がこれらの成分を除去するためであると考えられてきました。このような天然酸化防止剤とは基油中のどのような成分であるのか,いまだ十分解明されたとはいえませんし,また,精製法によっても,異なった成分が作用している可能性もあります。

古くは硫酸洗浄,ついで溶剤精製が主流であった時代は,精製の尺度に「最適芳香族性」という考え方が取り入れられ,芳香族炭化水素含量が適度に残るときに酸化安定性がもっともよくなることが知られておりました*2。一方,基油中成分として炭化水素についで多く存在するいおう化合物も,いおう化合物がもともと酸化防止剤として使用されてきたことから,天然酸化防止剤として有力視されてきました*3。とくに,水素化精製の普及にともない,水素化精製でもっとも除去されやすいのがいおう化合物であり(水素化脱硫),その苛酷化により,酸化安定性が低下することから,反応条件設定はいおう分のコントロールに主眼をおいて行われるようになりました。現在では,いおう化合物と芳香族化合物の相乗作用によって,酸化防止作用が発揮されるという意見が主流になっています。

1972年にBurnら*4は,水素化脱硫により,いおう分を23ppmにしたベースオイルの芳香族については,最適芳香族性は認められないが,これにドデシルスルフィドを添加すると図1のように,最適芳香族性が再現でき,これに必要ないおう量は0.02%以上(ただし油によって異なる)であったと報告しています。このようないおう化合物としてほかに環状スルフィド,ペンゾチオフェンも効果があり,ジベンゾチオフェンは効果がなかったとしています。こうした芳香族化合物といおう化合物の相乗作用の原因として,両者が共存したときにフェノールが生成し,酸化防止剤作用を示すと推定していますが,これはいまだ証明されておりません。

最適芳香族性再現実験(160℃)
図1 最適芳香族性再現実験(160℃)
たて軸 : 酸化誘導期間 (KS)
よこ軸 : 芳香族+へテロ化合物(W+%)
(a)いおう分のない芳香族分/飽和分
(b)サハラ原油よりの芳香族モデル(0.05mol/Lのスルフィド添加)/飽和分
(c)クウェート原油よりの芳香族モデル(0.47mol/Lのスルフィド添加)/飽和分

さて,このような作用を示す基油中の天然酸化防止剤成分の組成ですが,まず,いおう化合物については,ベンゾチオフェン類(図2-I ),ジベンゾチオフェン類(図2-II)といったチオフェン系化合物と,(図2-III)に示されるようなスルフィド系化合物とに大別されることがわかっています。チオフェン系とスルフィド系の比率は原油によって差があると考えられますが,未精製油で4:1 *5,精製油で1:1程度*6と報告されています。次に芳香族炭化水素ですが,通常精製油中の芳香族の大部分(80%以上)は単環芳香族であり,これは,図3に示すような,アルキルベンゼン類と,縮合ナフテン環を有するテトラリン(図2-IV)-インダン(図2-V)系とに区別されます。通常,ナフテン系原油からの基油が,縮合ナフテン環数の多いものの比率が高いようです。筆者の実験では,スルフィドとの相乗作用は,アルキルベンゼン類よりもテトラリン/インダン系で大きいという結果が得られています*7。また,少量存在する多環芳香族炭化水素については,それ自体の酸化安定性は良好であるが,実際の濃度範囲(通常5%以下)では,決定的な影響は及ぼさないようです。

天然酸化防止剤
図2
パラフィン系絶縁中の単環芳香族組成
図3 パラフィン系絶縁中の単環芳香族組成*7
FI/MSによる。mol%
ナフテン環には5員環も含まれるが,区別できないので合計量となる。

基油中のヘテロ化合物として少量の窒素化合物が存在しますが,硫酸洗浄が行われていた時代には,窒素化合物は定量的に除去されたため,酸化安定性への影響は問題になりませんでした。しかしながら,水素化精製では,脱硫にくらべて脱窒素反応が進みにくいため,完全な除去は困難となり,酸化安定性に影響を及ぼす可能性がでてきました。筆者は,窒素化合物をタイプ別に種々の濃度の試料を調製し酸素吸収実験を行ったところ,塩基性窒素化合物〔キノリン類(図2-VI),アクリジン(図2-VII)など〕が微量(~50ppm-N)で安定性に悪影響を及ぼすこと,一方,非塩基性窒素化合物〔インドール(図2-VIII),カルバゾール(図2-IX)など〕は,安定性を向上させる効果があること,その結果は,スルフィド類の共存下でいちじるしいことを見出しました*7。したがってこのような非塩基性窒素化合物も天然酸化防止剤の仲間として認められると思われます。

以上が天然酸化防止剤の概要ですが,現在では酸化安定性を要求される潤滑油には合成酸化防止剤を使用するのが常識になっています。これらの酸化防止剤(典型的にはDBPC(図2-X),PAN(図2-XI),ZDTP(図2-XII)など)は天然酸化防止剤にくらべてはるかに有効であり※,かつ,酸化防止剤の効果はいおう分や芳香族分が少ないほど良好なことから,天然酸化防止剤をむしろ積極的に除去する精製法が採用されつつあります(たとえば水素化処理法 Hydrotreating)。しかしながら,合成酸化防止剤の使用が認められないが,長期間の酸化安定性を要求される油種(たとえば変圧器油)や,合成酸化防止剤が分解するような,高温での酸化安定性が要求されるディーゼルエンジン油,酸化防止剤が消滅したあとの劣化挙動が問題視される油種(たとえばガソリンエンジン油のオイルシックニング,コンプレッサー油の酸価急増等)などでは,基油自体の酸化安定性が重要ですので,天然酸化防止剤が有効に残存するように精製するケースも多いようです。

※たとえば,タービン油酸価安定度試験(JIS K-2514)で,全酸価が2に達する時間は,酸化防止剤入り油では5000時間を超えるものがあるが,無添加油すなわち,天然酸化防止剤のみの場合は,最高のものでも300時間程度である。

 

<参考文献>
*1 L.L.Davis, et al., Ind.Eng. Chem. 33 339(1941)
*2 G.H. von Fuchs, et al., Ind. Eng. Chem. 34 927(1942)
*3 G.H.Denison, et al., Ind. Eng. Chem. 37 1102(1945)
*4 A.J.Burn, et al., J. Inst. Petrol. 58 346(1972)
*5 H.V.Drushel, et al., Anal. Chem. 39 1819(1967)
*6 松永ら,石油誌 24 298(1981)
*7 松永,石油学会製品部会絶縁油分科会第5回研究発表会要旨集,5(1985)

アーステック



「技術者のためのトライボロジー」新発売!
「技術者のためのトライボロジーお申し込みはこちら

「潤滑剤銘柄便覧」2024年版 発売中!
「潤滑剤銘柄便覧」2024年版ご注文はこちら

「ILDA 2020 -ASIA-(International Lube Data Book)」 発売中!
「ILDA 2020 -ASIA-(International Lube Data Book)」ご注文はこちら

「やさしいグリースの話」発売中!
「やさしいグリースの話」お申込みはこちら

ニッペコ
○ニッペコ
ニッペコは潤滑グリースのお問い合わせには,何でもお答えいたします。
http://www.nippeco.co.jp/

川邑研究所
○川邑研究所
固体潤滑剤“デフリック”の製造販売
https://defric.company-guide.jp/

ワネンルーブ
○ワネンルーブ
固体潤滑剤“ワネンルーブ”
http://www.wanenlube.co.jp

岡田商事
○岡田商事
エンジンオイル,ギアオイル,生分解性油圧作動油など
http://www.okada-corp.com

安永油化工業
○安永油化工業
グリースのジャバラチューブなどチューブへの小分け充填。産業用潤滑油の専門商社
http://www.yasunaga-yuka.co.jp

最終更新日:2021年11月5日