往復動摩擦試験によるピストンリング材の摩擦・摩耗試験評価 | 摩擦摩耗試験分析BOX | ジュンツウネット21

往復動摩擦試験によるピストンリング材の摩擦・摩耗試験評価では,ピストンリング外周面に適用されている,材料・表面処理の選定試験として用いられている“往復動摩擦試験”でのピストンリング材の評価試験について紹介する。

帝国ピストンリング株式会社 岩下 誉二  2008/4

はじめに

“ピストンリング”は,エンジン部品として重要な機能部品であり,エンジン性能を確保するために,燃焼ガスを受けながら,シリンダボアと摺動する“過酷なトライボロジー環境”にさらされている。

ピストンリングは,多くの場合,TOP,2ND,OILの3本で構成されている。各リングは,断面形状,張力(シリンダボア内周面をシールする力)に違いがあり,それぞれの役割により設定されている(表1)。

表1 代表的なガソリンエンジン用ピストンリングの機能と断面形状
 
主な機能
 
断面形状
TOP ガスシール バレルフェース
レクタンギュラリング
TOP断面形状
2ND ガスシール
オイルコントロール
テーパフェイス
レクタンギュラリング
2ND断面形状
OIL オイルコントロール 組み合わせ
オイルコントロールリング
OIL断面形状

TOP,2NDリングはコンプレッションリングと呼ばれ,主にガスシールを目的としている。特にTOPリングは直接燃焼ガスを受けるため,圧力,熱的影響を大きく受け,潤滑状態として最も厳しい状態となる。一番下に位置するOILリングは,直接燃焼ガスを受けることはないが,ボア内周面のオイルを適正な状態に掻き落とす働きを持たせているため,シリンダボア内周面との設定接触面圧としては3種中,最も高い値となっている。いずれのピストンリングも外周面(シリンダボア内周面と摺動する面)の耐摩耗・耐焼付き性はその機能を維持するため,最も必要とされる機能であり,これまで様々な材質と表面処理が使用されている。

本稿では,ピストンリング外周面に適用されている,材料・表面処理の選定試験として弊社にて用いられている“往復動摩擦試験”でのピストンリング材の評価試験について紹介する。

1. 往復動摩擦試験

1.1 往復動摩擦試験機概要

前項に記したように,ピストンリングの外周面に要求される特性としては,耐摩耗性と耐焼付き性が重要となっている。弊社では,この選定評価のひとつとして,往復動摩擦試験機(図1)による評価を行っている。この試験機は,一方向の摺動ではなく,実機でのピストンリングの外周面摺動と同様な往復摺動であることを特徴としている。一方向での摺動ではないため,摺動領域内での潤滑状態は一定ではなく,潤滑条件によっては混合した潤滑領域での摩擦試験を行うことができる。

往復動摩擦試験機概要図
図1 往復動摩擦試験機概要図
往復動摩擦試験機(全体)
図2 往復動摩擦試験機(全体)
往復動摩擦試験機(テストピース部)
図3 往復動摩擦試験機(テストピース部)

テストピースとしては,ピンオンプレートのタイプとなっており,固定された上側ピンタイプのテストピースに対して,下側のプレートタイプテストピースが往復運動する方式となる。荷重は,上側テストピース上部からの押し付け圧力となっている。中央シャフトを締め付けることで,下側テストピースへ荷重をかけている。反対側となる上側のロードセルにより,荷重を計測している。可動部分は開放状態なので,潤滑方法は下側テストピース表面への塗布,滴下となる。試験に使用する潤滑油量,潤滑種により供給方法は選択可能であり,評価目的に合わせた潤滑条件を設定することができる。

往復可動を安定して行うため,テストピースと反対側に同等荷重のバランサを設けている。そのため,試験機全体としては,約2m,重さ約2tと大型の構成をとっている。モーター駆動による回転を左右の往復運動へ変換している機構となる。

ピストンリング評価の多くの場合,上側ピンタイプのテストピースにピストンリング用材,下側プレートタイプのテストピースにシリンダボア材を用いて評価を行う。往復摺動のため,テストピースの“アタリ”状態による評価にバラツキが発生しやすいため,上側ピンタイプテストピース試験面は球状とし,平面プレートテストピースとの“アタリ”を安定化させている。実際のピストンリング-シリンダボアとは可動部位が逆となるが,エンジン実機での摺動面の再現,材料の摩耗順位などが同じとなる結果が得られることから,この試験機を評価方法のひとつとして使用している。

試験条件としては,20~300Nの範囲で一定荷重設定を行い,100~1000サイクル/minの一定速度で,一定時間後の摩耗量比較にて設定を行う。その他,潤滑油量,テストピースの仕上げ面状況により,摩耗量数値レベルは変化するので,評価目的に応じて条件変更が必要であると考える。材料選定として評価を行う場合,数種類の材料について評価を実施でき,短時間で材料差が見える条件設定を選定することができる。

上側ピンタイプテストピースホルダーはロードセルにて固定されており,下側プレートタイプテストピースとの摩擦による左右の摩擦力が計測可能となっている。材料組み合わせによる摩擦力測定,潤滑状態違いによる摩擦力測定などの評価が可能である(図4)。同時に試験荷重を計測することにより,その評価条件試験時の摩擦係数を算出することも可能である。

摩耗量測定は,試験前後での形状測定比較による摩耗高さで評価できる。摩耗レベルとしては,数μmレベルで比較評価を行っている。摩耗差検出としては,上側であるピンタイプテストピースの先端を球状とすることで,材料差による摩耗差が検出しやすい。下側プレートタイプ摩耗量についても試験前後形状差により,摩耗量検出ができる。

往復動摩擦試験機(ロードセル部)摩擦力波形
図4 往復動摩擦試験機(ロードセル部)摩擦力波形

1.2 往復動摩擦試験結果例

図5に主なピストンリング材の摩耗量比較試験結果を示す。各種表面処理の耐摩耗性順位がピストンリング材,相手材シリンダボア材について得られている。この結果は,エンジン実機での一般的な材料摩耗順位と同等の結果を示している。新たな材料評価を行う場合は,この結果に対してどのような順位(位置)となるか,を評価することにより,エンジン実機での摩耗レベルを推定することができる。実機での摩耗量絶対値としては,各エンジン条件により異なってくるため,この試験から再現することは難しいと考えるが,どの材料を適用すればよいかという推定は,この単体試験結果より予測することができる。これまで,標準仕様としては硬質Crめっきが使用されてきており,これに対して往復動摩擦試験結果で耐摩耗性の高い窒化やCrNは実機においても耐摩耗対策として,使用されてきている。特にCrNは,優れた摺動特性を示し,近年のエンジン仕様設定に多く取り入れられている。CrN被膜を用いることで,自身摩耗量が少なくなることに加え,相手材(鋳鉄材)の摩耗量も少なくなる傾向となっている。これは,摺動による効果のひとつであり,自身が摩耗しないことで,摩耗粉の排出が少なく,相手材も摩耗させないという結果が検出されている。

各種表面処理摩耗試験結果
図5 各種表面処理摩耗試験結果

摩耗試験と同じく重要な摺動特性が耐焼付き性である。耐焼付き性比較試験結果を図6に示す。焼付きも摩耗と同じ摺動の中で発生する現象であり,材料により影響する性能のひとつである。往復動摩擦試験では,潤滑状態を悪化させることで,材料間の摺動に対する強さを比較評価することができる。潤滑油供給量,速度を一定として荷重を上げていくことにより,材料組み合わせでの耐焼付き性比較を行う。硬質Crめっきに対して,CrN被膜は優れた摺動特性を示し,耐摩耗性と同様に高い耐焼付き性を持つことがわかる。

各種表面処理焼付き試験結果
図6 各種表面処理焼付き試験結果

SUS系窒化材では,耐摩耗性は硬質Crめっきに対して優れているが,耐焼付き性では硬質Crめっきに対して劣っている。この結果から,SUS系窒化材は“潤滑状態が安定した使用環境下での耐摩耗性対策としてはその効果が発揮されるが,潤滑状態があまり良くない環境下では硬質Crめっきに対して劣る”という傾向が確認できる。実際に,負荷の高い大型のディーゼルエンジン用TOPリングとしての設定事例は少ない。

近年,摺動部品に多く適用されている“DLC(Diamond Like Carbon)”の往復動摩擦試験機での焼付き試験結果を図7に示す。DLC被膜は,低摩擦係数材料として知られている炭素系被膜である。耐焼付き性としてはCrNも優れているが,DLC被膜も優れた耐焼付き性を示し,荷重400Nにおいても焼付きが発生していない。その試験時の摩擦係数変化を比較してみると,DLC被膜が低い摩擦係数であることがわかる。荷重を上昇させても焼付き発生がなく,同時に摩擦力をその摺動時の摩擦係数の変化として比較してみると,DLC被膜はCrNに比べ,低い摩擦係数であることがわかる。この効果は,実体ピストンリングを用いたモータリング試験の結果でも,油膜切れなど発生しやすい上下死点付近などで摩擦力が低下していることが,確認されている。

DLC被膜耐焼付き性試験結果
図7 DLC被膜耐焼付き性試験結果

DLCのもうひとつの特徴である“対アルミ合金材との摺動特性”の効果について図8に示す。他の表面処理と比べ,アルミ合金材の摩耗量が少ないことがわかる。また,鋳鉄材に対して優れた摺動特性を持つCrNは,アルミ合金材を摩耗させてしまうことがわかる。DLC被膜の相手材攻撃性の低さは摺動面状況の違いからも観察することができる(図9)。写真は,鋳鉄材との摺動試験後の状況である。試験前の状態は,鏡面仕上げとし,鋳鉄の黒鉛組織が観察できる状態としている。DLC被膜と窒化での摺動面を比べてみると,鋳鉄材表面のダメージがDLC被膜の場合,ほとんどないことが確認できる。このように摩耗量,焼付き荷重の他,摺動面状況観察からも被膜性能を確認することができる。

DLC被膜対アルミ合金摺動特性
図8 DLC被膜対アルミ合金摺動特性
鋳鉄(FC)との摺動面状況
図9 鋳鉄(FC)との摺動面状況

おわりに

ピストンリングは,エンジン性能に直結する部品であり,摺動性能の評価は必要不可欠な技術である。最近の燃焼技術の向上,環境対応技術の適用など,シリンダ内,ピストン周辺の潤滑環境も変化しており,特に潤滑油の低粘度化やエタノール燃料の導入などが大きな要因として考えられる。ただし,摺動特性として求められることは“耐摩耗性,耐焼付き性”であることは変わらず,最も重要な特性である。

今後,使用環境の変化に対応した単体試験を行うため,異なる試験条件での評価,追加が必要になり,各種条件下での摺動特性評価ができるように評価試験機技術の進歩も重要になると考える。

 

〈参考文献〉
*1 「自動車用ピストンリング」編集委員会:自動車用ピストンリング山海堂(1997)
*2 岩下 誉二:ピストンリング用材料・表面処理の変遷,トライボロジスト,第48巻,第3号(2003)190~196
*3 岩下 誉二:自動車の省燃費化とピストンリングの表面処理,月刊トライボロジー NO.237(2007.5)25~27


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トライボロジー試験機の紹介

最終更新日:2024年2月29日