JFEアドバンテックは,AE法の課題を解決させた診断技術と,それを適用したポータブル低速回転軸受診断器MK-560を製品化した。本稿では,その診断技術の概要とMK-560の特長,機能,仕様などを紹介する。
1. はじめに
製造業においては,設備保全のために様々な機械状態を監視・診断する設備診断技術が実用化され適用されている。その中でも,回転機械設備,特に転がり軸受の異常診断として振動法による設備診断技術は,最も一般的で有効な手法として知られている。当社でも,その技術を適用した設備診断機器・システムを製品化し,様々な産業で幅広く採用され実績をあげてきている。
しかしながら,その回転機械設備の軸回転数が低い(概ね100rpm以下の)軸受においては,損傷検出感度が低くなってしまうことにより,一般的に適用が困難である。
一方,そのための補完技術の1つとしてAE(Acoustic Emission)法を用いた診断技術の適用研究が以前より進められてきた。しかし,AEは非常に敏感な感度を有する反面,AE測定波形から異常状態を定量化する適切な指標がないという課題を抱えており,現在でも広く適用されるには至っていない。そのような背景の中,簡単な測定で軸受の劣化状態の定量化が可能な設備診断技術と装置が待ち望まれていた。
当社においても,AE法を用いた診断技術の開発への取り組みを継続して進めてきた。そして,AE法の課題を解決させた診断技術と,それを適用したポータブル低速回転軸受診断器MK-560を製品化した。MK-560は様々な分野の低速回転軸受実設備にて実績をあげてきている。
本稿では,その診断技術の概要とその技術を適用したMK-560についての特長,機能,仕様などを紹介する。
2. 診断パラメーターE_areaの開発
診断器の開発に先立ち,まず計測したAE波形中の正常状態から逸脱した信号のみを数値化し,設備状態の定量化を可能とするための診断パラメーターを開発した。
図1に正常な転がり軸受のAE波形を,図2に軌道面に剥離が生じた損傷軸受のAE波形を示す。また,図3,図4にそれぞれのAE振幅分布を示す。
図1 正常軸受のAE波形 |
図2 損傷軸受のAE波形 |
図3 正常軸受の振幅分布 |
図4 損傷軸受の振幅分布 |
振幅分布図の縦軸は頻度を最大頻度で規格化した後に対数化しており,図3に示すように正常軸受における振幅分布は正規分布で近似可能であることがわかる。
さらに,図4に示す損傷軸受の振幅分布においては高振幅側の頻度が増えることで非対称となっており,かつ,最大頻度付近では正常軸受の場合と同様に正規分布的であることがわかる。
これらのことから,軸受損傷の有無によらず,最大頻度振幅より低振幅側の振幅分布を正規分布で近似し,それを最大頻度振幅で対称に折り返した分布を正常時の仮想振幅分布とすることで,実際の振幅分布が仮想振幅分布から逸脱している範囲(図4のA部)の面積を診断パラメーターE_area(イーエリア)として数値化した(特許技術)。
この診断パラメーターE_areaは,計測したAE波形自身から求めるため,あらかじめ正常状態のAE波形を記憶しておく必要はない。また,損傷状態の悪化や剥離損傷の範囲が広くなるにつれて高い値となっていくため,損傷度合いの進展を把握するための指標にもなる。
その有効性の検証は,実機設備で計測した約1年半にわたる経時変化データと軸受取り替え結果との比較で行った。その検証過程で計測された診断事例の一例を以下に紹介する。
図5は軸回転数33rpmの軸受損傷事例であるが,軸受取り替え前のE_area値は3,600[dB2]と非常に高く,その際のAE波形(図5(a))とその周波数解析結果(図5(b))からは,外輪損傷周期とその高調波に対応する卓越成分が見られた。軸受交換した結果,外輪,転動体,内輪軌道面に顕著な剥離損傷を確認することができた(図5(c))。
(a)軸受取り替え前のAE波形 |
(b)軸受取り替え前の周波数解析結果 |
(c)損傷軸受の外輪写真 |
図5 軸受損傷の診断事例
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そして,この軸受を交換した後に計測したE_area値は6[dB2]と激減しており,E_areaが軸受損傷の状態を的確にとらえていることが確認された。なお,この軸受損傷状態において振動(加速度)による計測も同時に実施したが,軸受損傷状態を捉えることはできておらず,低速回転軸受におけるAEの感度優位性を示すことができた。
3. ポータブル低速回転軸受診断器MK-560の開発
低速回転軸受診断用として,前述の診断パラメーターE_areaを適用したポータブルタイプの診断器MK-560を開発した。
MK-560は,マグネット式AEセンサーと診断器本体で構成(図6参照)され,大きく以下4つの特長を有している。
図6 MK-560外観写真 |
(1)低速回転領域での確実な軸受診断性能
診断パラメーターE_areaの適用によって1~150rpmの低速回転軸受の損傷状態の定量化が可能となった。
(2)現場での優れた操作性
マグネット付AEセンサーの採用で簡単に測定部位へセンサーを脱着することが可能となった。また,現場での計測時には軸回転数のみ入力し測定開始することで,その場で診断結果が表示される簡単な診断操作を実現した。
(3)現場での優れた携帯性
診断器本体は,AE診断器として業界トップクラスの小型,軽量化を実現し,さらにバッテリーで動作するためAC電源不要,など現場での計測作業や移動時の持ち運びに便利な機器となっている。
(4)現場での高い視認性
屋外,屋内環境での視認性に優れたカラー液晶の採用と,正常・異常などの診断結果や波形表示の色分け表示によって,現場でのデータ確認が容易に可能となった。
4. MK-560の仕様
MK-560を構成するAEセンサーと診断器本体の仕様と機能を,それぞれ表1,表2に示す。
表1 マグネット式AE センサー仕様
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表2 MK-560診断器本体仕様
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5. MK-560の診断操作例
現場での診断操作の流れと主な画面表示例を図7に示す。
図7 測定画面例 |
診断器本体の電源を投入すると測定条件の設定画面が表示される。診断対象の軸回転数を入力しRUNボタンを押下するだけで,自動的に計測,診断処理がスタートする。
5回転分のAE波形データの計測・フィルター処理を行った後,そのデータを用いた診断処理が行われ,診断パラメーターE_area値・判定結果を含む測定結果画面が表示される。診断結果はあらかじめ設定した2段階の判定基準(注意/危険)によって表示される。 さらに,現場で測定波形の確認が必要な場合には,測定結果画面から時間波形,FFT,TOP10を簡単に表示することも可能となっている。
また,計測した波形データ・診断結果などは本体に内蔵したCFカードに保存できる。保存データはすべてCSV形式で書き込まれており,CFカードを介してパソコンにコピーし,表計算ソフトのグラフ描画ツールなどを用いて,傾向管理グラフ,時間波形データ,FFTデータなどの描画が可能となる。その描画例を図8に示す。
図8 表計算ソフトを用いた描画例 |
6. おわりに
低速回転軸受の診断においては様々な診断技術・手法が古くから研究・開発されてきた。AE法においては,軸受状態との相関把握が困難で広く適用されるに至っていなかった。その中で今回,新たに開発した診断パラメーターを用いることで実設備に適用することができた。
このようなポータブル診断器の開発が実現できたのは,近年の計測技術,解析技術,装置化技術の目覚ましい発展によるものが大きい。今後も設備診断機器メーカーとして最新の技術を使った製品開発に努め,お客様における設備保全業務の更なる効率化に貢献していく所存である。
<参考文献>
*1 小田将広・吉良耕一・岡本謙:“低速回転転がり軸受診断技術の開発と実機検証結果”,日本機械学会,第11回評価・診断に関するシンポジウム講演論文集,pp.69-72(2012)
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解説 コンディションモニタリング
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