鉄鋼プラントにおける設備診断の現状と課題 では,新日本製鐵の設備診断およびそれを支える設備診断技術について紹介する。鉄鋼設備における保全は,多数の工程をいかに効率的に安定して稼働させるかであり,そのために各工程・設備に適した管理手法を選定し,それを支える各種設備診断技術を活用した一貫した保全管理を実行している。
1. 鉄鋼設備における保全管理
鉄鋼業は,原料の陸揚げから製銑,製鋼,圧延の各製造プロセスを経て,鉄鋼製品の出荷に至るまで,電力,燃料ガスなどのエネルギーの供給設備を含め,極めて多くの設備が存在する装置産業であり,以下のような特徴がある。
(1)高温,重荷重,腐食,摩耗などの高ストレス環境設備
(2)24時間連続操業設備
(3)多工程,多要素技術領域の設備
(4)短周期~長周期の幅広い交換周期の部品からなる設備
ここで求められる保全は,これらの多数の工程をいかに効率的に安定して稼働させるかであり,そのために各工程・設備に適した管理手法を選定し,それを支える各種設備診断技術を活用した一貫した保全管理を実行している。
2. 鉄鋼設備保全における設備診断
鉄鋼設備の保全は,保全工事を基軸に計画的に行われている。保全工事の内容およびタイミングは管理標準で規定されており,さらに的確な実施のために各タイミングでの点検/診断が行われる。
日々の点検は各点検員によって設備ごとに実行されているが,外観の目視検査,温度チェック,触診,聴音などのいわゆる五感点検と併せて,マシンチェッカーなどの設備診断機器による定量点検/診断が行われている。
また,油圧作動油や潤滑油のコンタミ分析などによる,いわゆる潤滑診断も定期的に行われ,設備の状態をマクロ的に把握する点検診断の方法として活用されている。
さらに,特に重要な設備や常時監視が必要な設備には,設備診断システムによる自動的なオンラインモニタリングが行われている。具体的な内容は後述するが,装置の振動や電流,温度などを決められた周期でデータを採取し,その傾向を常時監視し,機能劣化や故障の予知に活用して保全工事計画へ反映させている。
日常の点検/診断では把握できない設備や,装置内部の状態を把握するためには,開放点検が保全工事の行われる定修や年修のタイミングで行われる。近年はオンラインの稼働中においても内部の状態を把握する,ファイバースコープのような種々の診断計測機器が発達し,タイムリーな診断に活用されているが,より適確で詳細な診断のために,開放点検は重要な情報として計画的に実行されている。
3. 設備診断システムの概要
当社は,'70年代から設備診断技術の開発適用に取り組み,マシンチェッカーをはじめとする種々の診断機器を製鉄所の各ラインに適用展開してきた。'80年代以降はその技術をオンラインのモニタリングシステムとして「設備診断システム」を開発し,'90年代以降は汎用化・ローコスト化・高機能化を進め,各製鉄所に適用拡大し活用している。
図1に設備診断システムの構成例,表1に診断システムの主な機能を示す。
図1 設備診断システム構成 |
表1 主な診断機能
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このシステムは,従来の振動診断や温度,圧力といったアナログ系のデータによる診断に加え,機械系負荷をモーター電流により診断する,いわゆるマクロ診断アルゴリズムを取り込んだことを特徴とする構成としている。取り込まれたデータは,所定の信号処理により特徴パラメータを抽出し,それを経時的に傾向管理する。
また,設備トラブルなどの場合に効率的にトラブルシューティングを行うためのデータのトレースバック機能も備えている。本機能は各種信号の細かな挙動を確認できるため,電流診断条件の決定には不可欠である。
各工場におけるシステムは,各工場内のイーサーネットLAN上に構築されており,各工場の点検担当者が主に活用しているが,端末は操作室にも配置され,設備の異常情報などは随時操業担当者へも通報される仕組みとしている。また「Webブラウザ利用監視」,「警報情報E-mail発信の遠隔監視」の機能も保有しており,製鉄所内外の関係部門でも情報が共有化できる仕組みとなっており,タイムリーな対応とともに設備診断の専門家による技術サポートも可能としている。
4. 設備診断システムの活用事例
設備診断システムによる診断事例を以下に紹介する。
4.1 振動診断事例
図2はブロワーの軸受の振動診断事例で,周波数レンジによって3段階に区分して管理している振動データのうち,Lo,Mdレンジで警報値を超えた状況を示している。このグラフおよび同時に採取していた周波数分析の傾向からダスト付着によるアンバランス増大が異常原因と判断し,インペラーの洗浄を行うことで正常なレベルを回復している。
図2 振動診断例 |
4.2 電流診断事例
本設備診断システムは電流診断を中心としたマクロ診断システムを多用しているのが特徴であることを述べたが,以下に電流診断における活用事例を紹介する。
i )2台のモーター電流差による診断事例
製鋼工場の連続鋳造設備で,隣り合う駆動モーターの電流差を測定している相対電流診断によりモーター異常を検出した。搬送設備は,搬送物重量やラインスピードにより負荷が変わるため電流を使用した診断には工夫を要するが,近接する搬送ロールは,ほぼ同じ挙動を示すため相対電流診断が有効である。
図3に傾向管理グラフを示すがNo.3とNo.4モーターの相対電流が低下している。そこでデータ収集解析機能を使用し,各々の生波形を確認したところ(図4),No.3モーター電流が流れていないことが分かり,現物調査により正転用接触器のS相接点の断線を見つけた。
図3 相対電流の傾向管理グラフ |
図4 生波形グラフ |
そこで,次回定修までフリーロールとして使用することで事なきを得た。発見が遅れれば,モーター焼損により操業停止を招きかねない故障であった。
ii)負荷電流バラツキの変化による検知事例
台車の走行制御において,動くべきでない時に台車が移動してしまう現象が発生した。しかし,機械・電気系を調査してもなかなか原因が掴めなかった。そこで,2台ある走行モーターの電流値の極大値,極小値,平均値のトレンドを比較してみたところ,No.1走行モーターでは負荷により電流値にバラツキがあり,正常な状況であった(図5)。
図5 電流バラツキによる診断事例(正常時) |
一方,もう1台のNo.2走行モーターの負荷電流トレンドはバラツキがなくなっていた。そこで,駆動力伝達系統を調査した結果,クラッチの滑りが判明した(図6)。
図6 電流バラツキによる診断事例(異常時) |
このように単純に電流値のしきい値判定だけでは判断できない異常でも,電流値の挙動を観察することで発見できる。
5. 新たな設備診断技術への取り組み
設備診断システムによる点検/診断は設備の安定化にとって有効であるが,適用範囲の拡大には限界もあり,広範囲な製鉄所ではさらなる効率的な点検/診断のための技術が必要である。そこで,非接触で広範囲を短時間で診断する方法が有効であると考え,音響を利用した設備診断機器を開発,適用している。写真1に本機能を搭載した日鉄エレックス(株)の新型診断装置エレスマートを示している。パラボラマイクロフォンによって軸受などから発する広帯域の音響を可聴音化処理し,異常信号を聞き分けることができるようになっている。併せて,異常信号の定量点検のために周波数解析を行うこともできる。
写真1 音響診断機能搭載チェッカー(エレスマート) |
おわりに
新日本製鐵における設備診断およびそれを支える設備診断技術について紹介した。
設備の効率的な安定稼働のために設備診断は有効な手法であり,今後ともさらに展開していくべき課題であり,併せて有効な設備診断技術のさらなる展開が必要であると認識している。今後も基盤技術の向上に向けた活動も積極的に行っていきたい。
<参考文献>
*1 村山:設備診断システムによる保全業務の効率化~新日本製鐵君津製鉄所への導入例~,検査技術Vol.8,No.7(2003)
*2 村山:実用的な電流診断~新日鐵の設備診断システムによる電流診断事例~,社団法人日本プラントメンテナンス協会最新保全技術研究会(2006)
*3 三武他:新日本製鐵におけるCBMと設備診断技術,保全学Vol.5,No.4(2007)
解説 コンディションモニタリング
- 設備診断技術の動向と今後の展望
大阪市立大学 大学院 川合 忠雄 - ガスタービンにおける設備診断の現状と課題
IHI 小林 英夫 - 原子力発電プラントにおける設備診断の現状と課題
東芝 渡部 幸夫 - 鉄鋼プラントにおける設備診断の現状と課題
新日本製鐵 村山 恒実 - 化学プラントにおける回転機設備診断機器の有効な活用法
三井化学 三笘 哲郎 - 化学プラントにおける設備診断の現状と課題
昭和エンジニアリング 里永 憲昭,梶原 生一,山路 信之,三重大学 陳山 鵬 - 地震時のエレベーター自動診断・自動復旧システムの開発
三菱電機ビルテクノサービス 西山 秀樹 - 設備診断技術を設備管理にどう活かすか
新日本製鐵 藤井 彰 - 振動診断のメカニズムと特徴,今後の展望
三重大学 大学院 陳山 鵬 - AE診断法とその特徴,今後の展望
THK 吉岡 武雄 - 超音波診断のメカニズムと特徴,今後の展望
高知工科大学 竹内 彰敏 - 音響診断のメカニズムと特徴,今後の展望
広島大学 大学院 中川 紀壽 - 潤滑油測定のメカニズムと特徴,今後の展望
福井大学 大学院 岩井 善郎